四 季 の 小 路
安田孝子(小樽市/天為)
啄木鳥の音にはじまる峡の空
集落の灯火うすき夜寒かな
末枯るる道なき道に流刑小屋
蝦夷地にも紙漉く音の生れけり
お屋敷は贅の限りや梅匂ふ
安田豆作(幕別町/柏林・ホトトギス)
洗車して馬を冷すも斯くやあらん
牛と目の合ふ颱風の風の中
馬小屋のポニー首まで秋出水
両腕をはだけ吹雪の牛助産
地吹雪に消されし道を又開けて
安田竜生(網走市)
鞠突きの唄そは日露戦争歌
陶器割る音して限界村の秋
阿寒湖やアイヌコタンの木彫熊
流氷の浜にクリオネ掬ひの子
調弦の音叉の余韻遠霞
柳瀬むねお(帯広市/柏林・道)
日除して四十九日の読経かな
第は億光年の秋の星
雨傘に兄妹添いて墓参り
弟の四十九日や蝉時雨
弟の住処となりし天の川
矢野宗(札幌市/道)
子の綯いし藁の残りをどんど焼
坂の上は一戸も無くて春の月
父の忌を子に告げる日や夜も緑
初蝉や午後のかげりの丸太小屋
新豆腐魚と並ぶ浜の市
薮内峡泉(福島町/葦牙)
らわん蕗刈れば命の水を吐く
一湾の月も揺らして散る桜
鉄瓶に湯滾らせて一茶の忌
泣き疲れ心はからつぼ秋の空
年惜しむ疲れし出刃を研ざにけり
薮田慧舟(むかわ町/氷原帯)
むかわ竜目覚めて歩むたんぼぼ野
観客も馬も勝負や炎暑くる
流星や動体視力たしかめる
記者会見晴も曇りも有りて冬
氷紋の玻璃の遊びも束の間に
山東爺(富良野市/はいかいふらの)
霜の声手を振ることもなき別れ
星影のワルツ身に沁む齢にて
魂の孤触に触れき雪ほたる
もう少し詠んでみようか年迫る
供出の釣釜しのぶ炉の名残
山内俳子洞(札幌市/ロマネコンテイ)
黒板に書く文字固く新教師
日脚伸ぶ合縁奇縁を正直に
着ぶくれて一足す一は二で了る
ばりばりと薄氷を踏む反抗期
文化の日あちらこちらに嘘多し
山内元子(札幌市/雲の木・郭公)
花吹雪包丁塚へ及ばざり
鰊東風仰ぎて読める開拓稗
雲ひとつなきままに暮れ山若葉
ゆつくりと水の昏れゆく未草
啄木碑はまなすの実のまるまると
山陰進(帯広市/氷原帯)
山眠る向かいの山が眠るから
山笑う隣の山が笑うから
蝌蚪に脚逃げるはさ逃げるはさ
退屈は男の実学青葉木菟
広島やシヤツ洗っても洗っても
山形定子(登別市/青女わかくさ・若葉)
煮凝りをくづし独りの遅朝餉
皿洗ふ音を重ねて女正月
風生忌うぐひす餅のうすみどり
ふらここに風のせ誰もゐぬ真昼
紺碧の空を押しあぐ花こぶし
山上耕三(江別市/蒼花)
悼むとはとめどなく降る春の雪
蛇口より吹さ出してゐる大暑かな
秋澄むや晩年といふ只中に
本枯やこの国深き傷をもつ
鮮やかに巡る百年漱石忌
八巻ふくゑ(札幌滞/道)
語り継ぐ子の手は遠く花辛夷
亡き人の夢あざやかや散る銀杏
白玉や子の約束は指切りで
包帯のきき腕さらす夫の秋
じゃんけんできめる余生や天高し
山岸正俊(北竜町/道)
人日や仏花の水を注ぎ足して
切口に雪嶺の谺原木車
耳の形良くて難聴万愚節
日は山に山は青田に沈みけり
平和への手話をつづける秋桜